うちの母は、ケセラセラ♪

四丁目?の夕日

ゴールデンウィークの一日


幼なじみの家に行きました。




母の葬儀に来てくれたのに、その翌月に亡くなってしまった
彼女のお母さんも母と同じ三回忌を迎えました。




お線香をあげに行きたいとメールして、
彼女ともう一人の同級生と、途中から
旦那も加わって、日付が変わるまで飲んで。



何十年たっても、(森高千里の歌じゃないけど)、
例えお互い ♪ おばさんになっても ♪、
呼び合うのは、ちゃんづけです。
すぐに子供の頃に戻りました。




子供の頃のアルバムを見ると、
彼女と一緒に写っている写真ばかりです。


いつもいつも2人一緒でした。


左の写真、
(よく見ると舌を出してる変な子が私です)




彼女はずっと地元で暮らし、
私は引越ししてしまって、疎遠だった時期もありましたが、
しかし何でもよく知ってる。



私が忘れてることも、家の親戚の事も、我が家の事情も、
何もかもよく知ってる。
「家族みたいだったからね。」と彼女。


確かにそうでした。




下町のむかしは、お隣もみな自分の家と同じ。
お隣さんは家族のようでした。




ずっと地元の彼女から、友達情報をたくさん仕入れて
懐かしくて嬉しくて・・・よく飲みました。



駅近くは随分変わってしまいましたが、このあたりは
私が子供の頃とあまり変わっていません。


目をつぶっても歩けるようなそんな気がします。




私の幼なじみKちゃんと中高一緒だった
もう一人の友達Sさんは、
私とは小学校だけが一緒で、
しかも同じクラスになった事がなかったはず。
Kちゃんと私は2組、Sさんは1組でした。




と言っても、2クラスしかなく、1クラスがたった30人の
小学校でした。
もういまはありません。



けれどSさんも何でもよく覚えていて、びっくりしました。



東京オリンピックを私の家で見たのだとか。
私は覚えていません。



当時はまだ珍しかったカラーテレビ。
担任の先生も放課後私の家に寄ってオリンピックを
見て帰ったのです。





三丁目の夕日そのものでした。






Sさんとは塾が同じで、ピアノの先生も
同じだったのだそうです。
クラスは違ってもそういう繋がりがあったと言う事が
わかりました。
忘れてた〜(;^◇^;)ヾ



「おばさんにそっくりね・・・
 特に声はそっくりでびっくりした」とSさん



母の声を覚えているの!!
Sさんとはそれほどの接点はなかったはずなのに。




「***ちゃんは、怖いもの知らずって感じだったよね。
 天真爛漫で。」



Sさんが私の事をそう言いました。
隣で私の幼なじみのKちゃんは笑っています。



旦那大爆笑



怖いもの知らずの天真爛漫に
Ahhooってルビがふってあるよ。
by 旦那



えーーーーー!! 
もしかして私の事嫌いだったーーー?




「そうじゃないよ。
 いつもいいなって思ってた。
 嫌いだったら、家にテレビ見にいかないじゃない。」



はずかしー



怖いものしらず・・・・確かに昔はそうだったかも〜



でも今は怖いものだらけなのに・・・




実は私の幼なじみはもうひとりいます。
下駄屋のMちゃん。



もうとっくにお店はやっていませんが、
店先には、子供の背丈ほどの大きな下駄が飾ってあって、
おばあちゃんが、鼻緒をすげていたのを思い出します。



小学校の入学式は3人でした。


彼女は今、ノルウェーに嫁いでいます。





地元に残った友達が結構いるらしく、
今度みんなで会おうと約束して、
いつまでも話は尽きませんでした。






この日は、家の前だった、かどやさんで
おだんごを買って帰るつもりでした。



ここのおだんごと、豆餅が母は大好きでした。
もちろん、私も大好きです。



ただちょっと遅いと売り切れてしまっているので、
買えるかどうかが心配でしたが、
私が着いた時には、もう店じまいの後でした。
3時には売り切れたそうです。




「槍かけだんご」
むかし、大名行列が、槍を立てかけて休んだ所から
ついた名前。


昨年建て替えたばかりです。




建て替える前のお店はこちら。
昭和の香りの風情あるお店でした。




そして、突然時代は昭和に遡ります。
私が子供の頃によく遊んでいた、かどやさんの店先。
私が3才の時の写真です。









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